部屋を整理していたら、古いメモ帳が出てきた。
掃除の手を休め、開いてみれば、
「神が私に語り掛けてくるのです。なぜ神は私を選んだのでしょう。・・・信仰の無い者は生きる資格が無い。それでは彼らはなぜ人間の顔をして生きているのか。私たちの信仰に支えられているのだ。甘えるのはやめなさい」
と、万年筆で刻まれていた。
Yに連れ出された或る宗教団体の集会で、花々で飾り立てられた壇上に登場した人物が語った言葉をメモ書きしたものだった。渦巻き柄の浴衣がよく似合う天才バカボンが降臨したかと思いきや、バカボンさながらに散りばめられる言葉のあまりのバカバカしさに私はその場からただちに立ち去ることを決めた。
「ちょっと待てよ」
Yの制止を振り切り、はるか遠くに見える出口へと向かうにあたっては、幕張メッセを埋め尽くす群衆が捻出している異様な大気に抗わなければならなかった。
大学で最も多くの時間を共有したのがYだった。
下宿が近いこともあって、互いに行き来を繰り返し、よく呑んだものだった。深夜に学習を始め、日の出とともに寝つくということが習慣になっていたとき、声で覚めさせられると冷蔵庫からウイスキーが勝手に取り出されていて、YとUが談笑に耽っているというようなこともあった。
話題になったのは主に文学で、当時日本文学しか知らなかった私にドストではなく、トルストイなんだと、その深さを教えてくれたのがYだった。28歳、津軽で事故被害を受け、入院を余儀なくされ『戦争と平和』を紐解くことがあったが、なるほど世界最高の文学と納得できたのはYのお陰である。
実現はしなかったが、同人誌発行の夢を語ることは愉しかった。
文学とともに思惟を深めていたYだけに、なぜ宗教の世界へとのめり込んだのか、新興宗教とはそれほど魅力のあるものなのか、不思議だったし、その正体を知りたくて幕張まで赴いたが得られたものは何も無かった。
それ以来、Yとの連絡は途絶えた。同窓会幹事を担い、二度ほど案内を出したが返事の来ることはなかった。
京都下賀茂の居酒屋で吞んでいたとき、ラジオからジョン・レノンの訃報が流れた。するとYは深くこうべを垂れ、しばし沈黙へと沈んでいった。その光景が今でもときどき脳裏に浮かぶ。
断絶とはなってしまったが、こうした友と出会えたことは貴重な体験ではあった。
※日本では戦前教育への反省から学校での宗教教育は行われていない。しかし、そのために宗教に対する免疫がなく、本来生を活かすべきものであるはずの宗教が悲劇の種となっている。そうした事態に対策を立てるべき政府が、逆に、共犯関係にあったことは重たい史実である。腐った果実は朽ちることなく、腐ったままに、リヴァイアサンのごとくさらなる浸食を続けている。
2026,01,22
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