僧侶が僧衣で運転
昨日、真宗の僧侶が僧衣で車を運転、違反切符を切られ、反発。警察も取り下げたという事件がニュースになりました。
いつだったか、僧衣をきた僧侶が銜え煙草をしながらカブというバイクを運転しているのを見たことがあるのですが、正直、現代の佛教の在り方に素朴な疑問を感じます。親鸞聖人は佛教で戒律とされている事項に苦しみ、その結果として肉食、妻帯を行ったと聞きます。その間、「悪性やみがたし、心の蛇蠍のごとくなり」という呻吟もあったようです。そうした苦患を追体験されながらの凡欲なら、もしかしたら畏敬の念も湧いてくるというものですが。うわさでは教団も僧侶運転手を後押ししたとか。「強訴」の復活でしょうか、県警が恐れをなして切符をとり下げたというのも情けない印象を受けます。
そうした状況は他宗派でも多く見受けられるようで、 最近、母の四十九日ということもあり僧侶にお経をあげていただきました。強風で寒さもピークに達していたときに、二つほど読経があがった後に、彼は「今日は寒いので短めにさせていただきました」と発しました。正直、呆れ、姉は質問という形式で柔らかく抗議しました。宗派は曹洞宗ですが、そうした甘えはいかにも厳しい戒律を課した道元の教えに反するかのように思われます。多くの寺院が世襲制で成り立っている現状を鑑みれば仕方がないことかもしれませんが、素朴な疑問を感じました。母を気の毒に思い、墓参の際には、私の方で精一杯お経を唱えようと思いました。
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