最近のこと
独り暮らしをしているので、おのずから自省的生活となる。
「孤独なものだけが知っている軽蔑、 軽蔑する者は愛するがゆえに 創造の道を歩む」 、ニーチェはそんなことを語っている。
出身大学院で或る教授が亡くなり、次回の論叢を追悼誌とするので、 投稿するようにと編集者から便りが届いた。 私は、ほとんどの大学教授が行っているような、先哲研究というような方法は取っていない。指導教官から好事家的なことは止めるようにと言われたこともあるが、私にとっての哲学とは「私個人の(思弁的)思念」であり、哲学學という轍を踏まないことは私の自負でもある。それは大学でのポストが得られない一つの要因でもあったのだろうが、 他大学で高く評価してくれる先生もあり、改める気持ちはない。と言うか、それでしか続けられないのだから仕方がない。
実態は寄稿する人が少ないということなのかもしれないが、二月の締め切りに向けて励もうと思う。
二十代のとき、哲学の道を歩むか、小説を書くか、一時期真剣に考えたことがあった。学部生時代の学友、同人誌の同人など文章を褒めてくれる人がいたこともあり、小説は捨てがたかったが、ストーリーが浮かぶか、自信がなかった。しかし、それもある程度経験を積んだときに改めて考えてみたい。
物を書いているときは、幸いなことに独りでいることの寂しさを紛らわすこともでき、満たされた気持ちになる。有名になりたいとか、そんなことは考えず、ただ、最後はカントのようにEs ist Gut(これで良し)と言って心穏やかに眠りたいと願っている。自己満足の人生を歩んではいるが、納得できる人生を送りたい。
2020,11,07
コメントを残す