裁判と人間


裁判と人間

海外のドキュメンタリー番組で、

アメリカでの俳優夫婦間の裁判が取り上げられていた

結果は夫側の勝訴

夫婦の間で何が起こったか、ではなく

裁判の行方を世論が左右したということに関心をもった

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番組では裁判でのトピックが流されるたび

マスキュリニストたちが、

夫側が有利になるようなフェイクネタへと捏造し、

世論を一方的なものへと造り上げてゆく過程が放映された結果、

陪審員たちは、 妻が勝訴した場合の世間からの非難を恐れ、

夫に勝ち星を与えたという

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マスキュリニズムとは、

今日では男性差別撤廃の運動とされているが、

そこには男性優位の感情が働いているという

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この番組を見て、まず思い浮かんだのは、

「世にもすぐれた人よ、君はアテナイという、知力においても、武力においても、最も評判の高い、偉大なポリスの人でありながら、ただ金銭を、できるだけ多く自分のものにしたいというようなことばかりに気をつかっていて、恥ずかしくはないのか。評判や地位のことは気にしても、思慮や真実は気にかけず、精神をできるだけ優れたものにするということには、気もつかわず、心配していないというのは」 と、

はるか以前、ギリシャの法廷で語られたといわれる良心への呼び声である

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それから、およそ2,400年の歳月が流れているが、

人類の進化に歴史がどれだけ寄与したのか、

疑問に思った

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哲学者カントは、

真理のために、

人間が無批判に受容しがちな知へのメタ的吟味の必要性を

純粋理性批判Kritik der reinen Vernunftとして説いた

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人は絶えず風評に晒されているがゆえに、

自らを失わないために確固たる基軸を築かなければならないが、

その方途として、

まず求められるのが、この批判的精神である

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なぜなら、理性批判の欠如が風評への迎合を産むから、

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また、 自律心を欠くとき、 おうおうにして、生じるのは 他との比較であり、

それは虚栄心を育て、

その結果、「差別」は産まれる

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アメリカと同様と言うべきか、

残念ながら、この国の憲法、法律も 正義、とりわけ真理に寄与しているとは思えない

憲法も、法律も権力者の恣意的な規準によって 都合よく解釈され、

国民生活は犠牲となり、

また、冤罪を少なからず産み出すなど、

国民を守るものとはなっていない

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民主主義の理念たる、

平等、自由とは、なんなのか、

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風評に迎合して、

あるいは、権力の側に立って、

理念の崩落に加担してきた人々は、

自らは安泰だと、

はたして、

安らかに息を継ぐのだろうか、

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人間とは何か、 問いは尽きない

 23,Feb.,2024


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