落語、「笑点」、指揮
歳のせいで、深夜、ときどき眼が覚める
それからどうしても寝付けないときは、ラジオに手を
深夜定期便
懐かしい洋楽でも流れてくれば再び夢見心地となるが、 演歌となると、、、
昨夜もそんなことがあって、
多摩レイクサイド、というローカルのFM局に、
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古今亭志ん朝が枕を語り出していた
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その流暢で軽快な口ぶり 昔、どれほど聴き惚れたことだろう
親子同業で成功した稀有な例だと思う
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最近、クラシック音楽のコミュで、
ある指揮者の指揮ぶりを
枝雀と志ん朝とに対比して巧みに換喩する人がいた
いかにも才気あふれる表現だった
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談志の時代から「笑点」のファンだったが、
ここ数年は見ることもなくなった
実力の世界に親の七光りは、
いかにも不調和に感じられ、
代わっては家族のことばかりを語る新人に、
辟易
長く独り暮らしをしている身は、
心から笑って聞くことはできない
内向きの浮ついた話は、正直、御免こうむりたい
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これまでは、笑いがあればそれで良かったが、
番組は、おそらく芸を磨く場ではないのだろう
以前、五百話を、と言って番組を降りた落語家がいたが、
その心境が今さら理解できたような気がした
本当の芸人の心意気というのはそうしたものなのだろう、
生活の安定ではなく、
人生を真摯に見つめた結果なのだろう、 と、
敬服する
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人生があまりにも短いと実感するとき、
テレビをだらだらと眺めることほどもったいないことはない
人生から投げられた課題はまだまだ道半ば、
残された時間を大事に生きたい
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※「クラシック音楽に就いて語ろう」でのある方の投稿から
チェリビダッケ(指揮者)/ルーマニア狂詩曲Nr.1/エネスク 笑ってお読みいただきたいのですが、今回の指揮ぶりを拝見しても思ったのは、芸風(指揮者にこの言い方はないですね)が落語でいう枝雀さんのタイプだったのではないかということです。 この演奏、すごくいいと思います。 でも、錦松梅でおかずはきゅうりの浅漬けだけでさくさくっとご飯たべたいの志ん朝さんで聴きたい曲の場合、「熱すぎ」かも、です。
2022,12,11
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