無音の響き


無音の響き

ドイツの指揮者フルトヴェングラーは、音楽ノートに「芸術とは非大衆的な事柄である。しかも芸術は大衆に向かって語りかける。不可思議なことは、最も単純なものは最も偉大な人によってのみ表現されるということ、そして最も複雑なものは街路に転がっているということである。偉大さとは魂のうちにある」としたためている。

 単純なものの表現、たとえば、日本では俳句が挙げられるだろうか。俳句は数少ない言葉で一つの世界を描き出す。言葉なくして世界を理解することは難しい。しかし、言葉は予め概念化されているために言葉に囚われていては世界の深層を見損なう。クラシック愛好家はフルトヴェングラーの演奏から無音のなかに音を聴くと言う。それはハイデガーが語るところの静寂(しじま)の響きだろうか。 発見されるべきは言葉の届かない彼岸にこそ宿っている。

                           2020年8月10日(月)


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