街歩きの愉しみ (東所沢)
バイクの車検をいつもとは異なるディーラーに依頼し、
その帰りに、東所沢を歩いた
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東所沢駅を利用したのは、およそ40年も前のこと
武蔵野線が開通したばかりで駅前はまだ荒涼としており、
呑み屋が2軒、他に店舗が数件しか無かった
仕事が終わると、
「ともしび が呼んでるよ」 と、
そんな声に誘われて、
当時はまだ店舗でしか呑めなかったホッピーを煽った
若い独身教師が多かったこともあって、
そんなことが週に何度となくあった
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大学を卒業した年は51年不況と言われ、
同窓生でストレートに就職した者は稀だった
私は大学院入試に失敗し、
塾でアルバイトを始めた頃、
県立高校から臨時講師の話をいただいた
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赴任した学校は新設校、いわゆる底辺校で、
未経験の教師には未熟な力量を超える教室もあったが、
たいていは人懐っこく、
そんな生徒がいる学級での授業は愉しかった
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最初に私が与えられたもの、
それは、「雲助」というあだ名だった
おそらくは髪を梳かす習慣もない私を揶揄したものだったのだろうが、
私はこのあだ名が気に入った
テレビ画面を飾る誰かに似ているとか、 そんな貧しい発想ではない、
なんとユニークだろうと、 感心させられた
学力では測れない「人間」の豊かさと温かさを感じた
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それでも苦い思い出はある
特に用事があるわけでもないのに、
「先生!」と毎日のように明るい声を届けてくれた生徒がいた
卒業する間際、 彼女に好意を持つ教員の同意を得て、
その気持ちを伝えた
愚かで、余計なおせっかいだった
「バカにしてるよ」
数日後、電話があり、私は、彼女から猛烈な抗議を受けた
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現在、駅前には店舗が並び
人の往来が途絶えることもない
しかし、私には どこかしらぽっかり浮かんだ人工都市のようにも見え、
どこか物寂しさが感じられた
遠い過去の出来事
週六日という初めての慣れない勤務にあくせくしながら、
それでも楽しかった日々が
さびれた廃色の記憶となって、
スクリーンのなかに映ったために
そう見えたのだろう
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過去が色あせて見える
それは近くなった死が呼び寄せる陰影ではないかと思う
ときには愉しい時があり、
死を忘れることはできる
しかし、人生の一つひとつの痕跡を振り返り、
その一つひとつに意味づける意味を
私は考え続けてゆきたい
2021,12,06
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