/「今」点における対象認識の可能性と矛盾の成立の可否について
フッサールと西田
Die Moeglichkeit der Erkentnis des Gegenstandes und die Entstehung des Widerspruchs im Punkt Jetzt,Husserl und Nishida
佐藤幸三
Es gibt die Verschiedenheit der Denkform zwischen in Europa und in Japan.Auch die Denkweise ueber ”Gegenwart‟.Das Wahrgenommen ist das wirklichkeitsnahe in der Zeitform der Gegenwart.In Europa wird das Objekt vom Subjekt getrennt,so wenn das Subjekt das Objekt wahrnehmt,vergeht das Wahrgenommen selbst bereits in die Vergangenheit.E.Husserl greifte dieses Problem als ”die lebendige Gegenwart“ auf.Anderseits faengt die oestliche Philosophie mit der Einigung des Subjektes und des Objektes an. Aber wie Husserl Nishida Kitarou,der oestliche Philosoph ,konnte die Gegenwart erfassen nicht.
Sie beide bezeichneten die Gegenwart als ”Akt“.Die Gegenwart wurde vom Akt besetzt.Husserl halte den Akt fuer das Objekt.Dieses Verhaeltnis war dasselbe wie das zwischen das Subjekt und das Objekt. So entstehte dasselbe Problem. Nishida dachte dass die Erfassung der Gegenwart moeglich war durch Nichten des Subjektes.Aber wenn auch das Subjekt und das Objekt im gleichen Jetzt sind,und wenn auch das Ich das Objekt wahrnehme(empfinde), im gleichen Jetzt bewusst wird und erkenne,wie macht der Zustand dieser Einigung Fortschritt,und entsteht die Erfahrung,die den Fluss der Zeit benoetigt?
Endlich, die Verschiedenheit ihrer Philosophie war die Charakterisierung der Gegenwart. Fuer Husserl entstehte das Wahrnehmen, die Affektion und das Auffassen nicht gleichzeitig.Aber fuer Nishida war das Jetzt der Ortes des Widerspruches.Z.b.Viel und Ein, vernuenftig und realistisch,Widerspruch zugleich Synthese.
序
知覚されるものは現在という時制においてこそ最も現実的である。過去はもはや無いし、未来はまだ無い。では、いったい、現在を捉えることはできるのか。そうした問いに触れた哲学者として、ここではE.フッサールと西田幾多郎を取り上げる。一般に、対象は、西洋哲学では主客対立の枠組みにおいて、また東洋思想では主客未分のなかで把握されるとされている。しかし、両者を比較してみて気づくのは、出発点は確かに異なるものの、現在の把握の方法においては多くの類似点が見受けられる。さらには、西田の著作にはたびたびフッサールについての言及があり、その点からみても、両者が無関係であるとは言えない。この小論では二人の哲学者の「現在」把握における類似性と相違点を比較しつつ、その可能性を探究する。
§1, 物は「現在」という時制において最も現実的であるが、しかし、現在は捉え難いということについて
アウグスティヌスが時間を過去、現在、未来に分け、それぞれ過去についての現在、現在についての現在、未来についての現在と、「現在」を中心として性格付け、過去は「記憶」として、未来は「予期」として意識に刻まれ、現在を「直観」の働く時と定立したのは西洋思想において伝統的な時間概念の一つとなった[1]。また、アウグスティヌスは記憶を生み出すものを「感覚」としていることから[2]、現在において直観とともに感覚も働くものとしたことが伺い知れる。主客分離をとる思惟的立場にあって、「現在」は感覚が対象を直観する時である。同様の思想的立場にあるフッサールも「今点そのものは原感覚Urempfindungによって定義される」(H.,Bd.Ⅹ,67)[3]と、把握が感覚から始まるものとしている。たとえば、音楽が流れているとき、音点「これdies」という個体を私に与えてくれるのは原感覚である。原感覚は時間的流れのうちにあり、絶えず「まだない」と「もはやない」の狭間で常に統一的把握のための新しい始点を構成していて(vgl.ibd.,372)、それでもなお自我にとってはまだ統一されていない非独立的な相としてあり(vgl.ibd.,326)、その意味で、まだ意識に完全に組み入れられたものとはなっていない。フッサールにとって、「感覚に知覚意識が今意識として対応する」(ibd.,234)ものの、原感覚の発生と意識によるその把握の間には時間的差異がある[4]。
主客分離の立場では現在は感覚と意識が共に犇めく時となるが、それに対して、西田は、内部知覚に関しては、主客未分の状態に「現在」という時を置く。そして、過去、未来は「現在が現在自身を限定する」(西、5,146)[5]ことから生まれるとする。すなわち、時は過去から、現在、未来へと流れているというのではなく、現在が現在を限定することによって三つの時が生じるというのである。「現在」が常に中心にあるとすれば、その把握にも困難はないように思われるが、西田は「現在は何処までも摑むことのできないものである」(同書、112)とも述べている。現在を固定したとき現在は現在ではなくなっているがゆえに外的事実は固定できない。ところで、現在を彩るものは何かと問えば、「感官的限定と考へられるものがいつも我々に現在と考へられるもの」(同書,110)とあるように[6]、主客分離をとる立場と同様に感覚である。内的には常に「現在」を基準にすることが可能であるのに、外的事実はつかむことができない「現在」において生起しているという矛盾のなかにあって、両者は感覚を媒体として瞬間的「現在」の先端においてしか触れ合うことができない[7]。そうした思惟はフッサールの《音-今》は音-持続の端緒Anfangである(vgl.H.Ⅹ,372)という思惟と重なるのではないか。
フッサールは主客分離から、西田は主客未分から考察の起点としているという意味で両者は対立的な関係にあるが、「現在」が持続する時間のわずかに一端を占めるにすぎず、感覚的にはそれに触れることができても把握するにまでは至らないという点で一致する。私が「現在」に触れ、そしてそれを識別しようとするそのとき、現在に擱いてゆかれる。現在という時に触れることのできるのは感覚であるという点については両哲学者は共通しているということは理解されたが、では、いったいどのように「現在」を捉えようとしたのだろうか。
§2、感覚的「現在」をどう捉えるか
これまで、「現在」を把握することの難しさについて問題提起した。「現在」という時に自我が働くことによって触れることができるのは感覚であるが、意識は感覚する働きと同時に働き始めることはできない。感覚の働きによって感覚されたものが意識されるには僅かではあっても時間差があるはずである。そこで生じるのは、「現在」を考察するにあたって、感覚と意識のどちらを基底に置くのかという問いである。フッサールにとってその基点は「意識現在」である。つまり、現象学的エポケーと呼ばれる方法によって、絶えず変化している外的世界を一旦は自我から遮断して、意識野で「たち止まる現在」を定立して[8]対象構成のための庭とする。超越論的自我と呼ばれる自然的位階を超えた自我は、止まる今において、たとえば過去経験されたものを改めて現在化して感覚素材とする。しかし、ヒュレーと呼ばれる現象学的な感覚素材は意識によって一度把握されたものが再構成されたものであり[9]、現在化によって把握されるものが過去把握されたものであるとしたら、その現在性は現実的な現在性という性格をもつのか、新たな問いが生じることになる。感覚素材については、フッサール自身、後に「原ヒュレーUrhyle」というより原初的な感覚素材を定立することになるが、おそらくフッサールが静態的考察に基づく理論構成に満足していなかったであろうことは、彼の現象学が後期に至って事象の現れをその始源まで遡って解き明かそうと試みる発生的現象学へと発展していったことからも推察できる。
では、西田哲学での「感覚」はどのような性格としてあるだろうか。『善の研究』では感覚を担う働きをする「身体は返って自己の意識の中にある」(西、1,44)と述べられていて、主客未分は意識における一元論という性格をもつかのようである。『自覚における直観と反省』では感覚も意識である(西、2,75)とされ、感覚と認識はともに意識の出来事(同書,78)とされるのである。後期に至って『無の自覚的限定』、『論理と生命』では身体が考察の対象に含まれてはくるが、西田にとって意識現象は実在であり、『無の自覚的限定』でも、「すべて事実と考へられるものは先づ内的事実でなければならない」(西、5,107)とあり、意識的なものを実在とする姿勢は変わっていない。主客未分は意識を原点とする。その場合、現在は内的感官によって捉えられたものであり、その点においてはフッサールと足場を共有している。しかし、『自覚における直観と反省』では「感覚とは表象自体がそれ自身の中に識別力[10]を有ったものである」(西、2,302) と、感覚が分析の対象となる。そのことは西田哲学において意識における現在が、決して「たち止まる現在」として安定してはいられないことを意味してはいないだろうか。
§3、内在的現在とたち止まらない現在
現象学的考察はより根源的な事象へ立ち返るという要請のために、「時間」が根幹をなす働きをするものとして取り入れられる。感性的所与は静的な現在ではなく時間的流れのなかでの現在にあってこそ生き生きとして最も現実的である。しかも、K.ヘルトによれば、把握され保持されてあることよりも「流れ去るにまかせること」の方が先行する[11]ので、「現在」、そして現在有る「物」を捉えることはそれだけ困難になる。過去経験されたもの、もしくは未来事象と予想されるものを感覚素材とするためには、「現在化gegenwärtigen」という方法によってそれを現在という様相の下に置くという作業が必要になる。そうした作業は自我と対象との間の、決して合致することのない時間的乖離を前提としている。
西田哲学では感覚的経験も意識の出来事とされるが、外的事実が否定されたわけではない。西田にとっては内即外、外即内というのが基本的理念だが、それでも『無の自覚的限定』では「すべて事実と考へられるものは先づ内的事実でなければならない」(西、5,107)とあるように内的なものが優位に置かれている。現在についても、内的今が外的今(客観的現在)を限定するところに真に「知る」ということも成立するとされるのである。同書には、「今が今自身を限定するかぎり、即ち現在が摑まれるかぎり、事実というものが限定せられるのである」(同書、106)という記述がある。今が今を限定するというのは、限定する内的事実が限定される外的事実が向きあうということであり、すなわち、現在が現在自身を限定する瞬間において、内が外であり、外が内である(同書、114)という事態が生じるということである。ただ、その瞬時においても外的事実は「限定せられた現在の内容」(同書、106)であり、限定するのは内的事実であるとされ、内的なものが主とされている感は否めない。
3,「現在」と反省
主客分離、主客未分と起点は正反対に位置するものの、両哲学者はともに意識を経験の場所とし、内的な現在と外的な現在の相容れない関係を認めることから新たな理論を展開させている。それは感覚されたものを後から捉え返す「反省」という作業による。フッサールにとって「反省」は「知覚する」と「知覚されたもの」を統一する働きである。統一的把握が可能になるためには前者が後者に辿りつくことが必要であり、そのためには時間的流れのなかにあっても静態的考察と同様にエポケーによる時間的たち止まりを必要とする。総じて言えば、そうしたことは意識野においてのみ可能なことであり、超越的客観的な時間の下では主客同一が不可能であるということを意味している。
西田は感覚を「識別力を有った表象自体」(西田、2,306)と定義したことは既に述べたが、する。そして、表象全体が把握されるためにはそのそれぞれが識別される必要がある。そのためには、「我々は反省的自我の統一を通じてすべての経験を物体界に映して見ることができる。感覚は斯くして成立する物体界との接触点である」(同書,311)と述べられていることから、フッサールと同様に反省の働きが必要であることが窺い知れる[12]。『自覚に於ける直観と反省』では知るものと知られるものが一つという主客未分の状態にある直観(西、2,13参照)と不断進行の外に立って、翻って之を見た意識である反省が分けられ、二つを内面的に関係づけるものが自覚であるとされる。しかし、西田は「自己が自己を反省するといふ意味に於て自覚の事実は不可能であるといはねばなるまい」(同書、15)とも述べている。自覚がすべての意識統一の根柢となる統一作用であるとするなら、反省される自我は対象化できても、作動のさ中にある反省する自我は対象化できないと言うのである。ここにまさに現在の把握をめぐって二つの哲学が至った問題が集約されているように思われる。反省作用が始まるときは自我を含めての対象となっているものが既に過去へと沈殿し始めていると考えられるが、反省による対象の捉え方に関しては両者に違いがあるようである。以下、その点を明らかにしてゆきたい。
4、「現在」起きていることを改めて問う
「現在」は客観的には止まることのない時間の流れにおいてあるが、意識内的には「たち止まる現在」への要請があり、意識の外と内で性格が異なる二つの現在が触れ合う刹那の捉え難さを、これまでフッサール、西田を視点として見てきた。物に即して考えれば、感覚したものを感覚されたものとして定立するためには反省の働きを必要とし、さらにはフッサール現象学では感覚素材の現在化、西田哲学にあっては自覚を必要とする。そのそれぞれの段階で「現在」が感覚され、あるいは意識されるのだが、捉え難いものとしての現在を占めているものは「作用」である。フッサールは「作用において〈私は〉知覚に現出するものすべてを今見出すのであり、そして、それらはすべて《現在的》である」(Hua.Ⅹ,195)と述べている[13]。他方、西田は『一般者の自覚的体系』で「ライブハフティヒに見られるものといふのは、ノエシス的方向に見られる体験の内容でなければならぬ」(西田、4,365)と、ノエシスと呼ばれる作用の働きによってこそ経験が成立すると述べている(注、「全経験の統一といふことは、・・・、作用の統一である」(西田、2,200))。現在、もしくは物を現在という時制の下で生き生きと捉えるということは、つまるところ作用が働いているときに、いかにそれと同時に捉えることではないかと考えられる。次にこの点に焦点を当てて、二人の哲学者の思索を探究してみることにする。
①フッサール現象学における「作用」の性格とその把握
フッサール現象学ではヒュレーを担う作用であるノエシス (Vgl.H.Ⅲ2,606)[14]が現在にあって最も原初的であり、したがって、ノエシスをそれが働いているさ中に把握することはまさに対象に向かっている作用を通して現在を把握するということを意味している。しかし、そこで生じる新たな困難はもしノエシス的作用を把握するために対象化するなら、さらにまた別の作用が必要になるということにある。『時間構成についての後期テキスト(C草稿)』[15]で、フッサールは生きた現在に属している作用に続いて反省する作用が起こり、二次的な現在が起こると述べている(vgl.Ms.C,70f.,360ff.)。作用には能動的で顕在的なもの、受動的で自我によって気づかれるまでは非顕在的なものとあるが、対象を統一的に把握するということは、つまるところ、フッサール自身が「諸作用は統一的な綜合作用へと結び付けられるが、他方、その結合は内在的時間性において過ぎ去った作用がなお„顕在的に“上部構造において機能しているものとして持続しているということによって生じる」(ibid.S.313)と述べているように多様な作用が統一的に把握されるということのうちに存している。このことから理解されることは、もし上部構造において機能している作用が反省的に意識野で生じているものと考えられるなら、フッサールの「意識今」は諸作用を統一する作用が生じる過程で生起すると考えられるということであり、また、危惧されることは、作用を把握する作用の発生という事態によって生じた「今」の二重化が「今」についての焦点を暈して曖昧にし、それがさらに作用そのものについての問いへと発展する循環へと陥るのではないかということである。つまるところ、もし主客を関係づけるものとして作用を定立するなら、作用は対象化され、作用の端緒とその統一の間に時間差が生じざるをえない。そこで、事態を遡及的に問うとすれば、感覚素材が現出すると同時にそれを非反省的に把握するという方法論である。フッサールによって主題化されたその方法の一つは「とっさの把握Erhaschen」、「衝動的志向性Triebintentionalität」と呼ばれる作用の生起とそのつどの把握への試みである。「とっさの把握」とは、すべての相の、すべての継続的な内容の、生き生きと流れる意識の内容に向けられ、統一を把持しながら再想起においても同一化するものであり(vgl.H.Ⅹ,355,113,358,vgl.H.ⅩⅤ,584)、「衝動的志向性」については、「すべての原初的現在を立ち止まる時間化として統一的に形成し、具体的に現在から現在へと、すべての内容が衝動充実の内容であり、その目的に先立って意図されており、その際、さらにすべての原様態的現在においてより高い段階の超越化する衝動がすべての他の現在に達し、・・・というような仕方で進捗するような普遍的衝動志向性が前提されてはならないか、あるいはされるはずではないのか」(vgl.H.ⅩⅤ,595)と性格づけられている。衝動的志向性は時間の流れのうちにあって作用を流れに任せつつ、しかし作用が経験しているものをたち止まりにおいて同一化しなければならないという相矛盾する事態の両立への可能性をぎりぎりまで探究したものであるが、ここでも必要とされるのは『イデーンⅠ』で確立されたエポケーである。C草稿では、流れる生を把握するために、なお還元的態度と超越論的エポケーの必要なことが述べられており(vgl.Ms.C,S.24,108,127)、その意味で時間の考察を考慮した発生的現象学にあってもエポケーによる時間停止への要請があることに変わりはなく,自我への刺激の発生とその同時的な把握はその枠組みでのみ可能であるとされ、その意味では認識の方法論については後期の発生的現象学も前期の静態的考察と基本的には変わっていないことが理解される。そのことによって理解されるのは、結局は主客の枠組みを撤廃できないという西洋哲学の限界である。ふたつの作用はいずれも自我と対象(感覚素材)がなおも対極しているという事態のうちにある。
作用の即時的な方法として第二に考えられるのは、作用を働かせる主体である自我の無化である。私が、「現在」、もしくは、「現在、有る物」と対極していることによって現在と呼ばれるものが後からの把握になる反省によってしか捉えられないとすれば、現在を捉える方法の一つとして考えられるのは自我の無化である。受動的志向性論はその試みの一つと言えるが、ここでは物と同じレベルで相対している「私」の無化について考えてみることにする。現在という時制下で、私に対して現出しているものを先反省的先時間的に捉えることを可能ならしめる自我をフッサールは「先-自我Vor-Ich」として主題化した。ヒュレーが私の「自我」を刺激しているそのとき、自我は、ただ先反省的にのみ、それに触れている。その時点では自我はまだ働いていない、ichlos(自我のない)の様態にあるとフッサールは言う。すなわち、自我の能動的な関与が始まる前に諸ヒュレーが、相互に類似する場合はくっついたり、また、そうでない場合は離れたりしながら私に働きかけていて、その間、私は「自我のない(受動性)」Ichlose („Passivität”)[16] (H.ⅩⅤ,595,H.ⅩⅩⅩⅢ,276)の状態にあるというのである。この状態にあって、自我はまったき「無我」としてあると言えるだろうか。受動的志向性と呼ばれるこの現象は、受動的である限りにおいて、自我はまだ能動的には参与していないが、ヒュレーが働きかけているという意味では、無意識ながらにでも自我がすでに働いているのではないかという素朴な疑問が生じる。『生き生きした現在』でフッサール現象学の現在の問題に焦点を当てたK.ヘルトは、「受動性も、関与させられてあるという意味ではすでに自我の「活動」の一形態なのであり、したがって能動性の先行形態」(Lebendige Gegenwart,162)であると言う。つまり、「自我のないIchlos」は、「自我が関与していない」という意味合いで使用されており、自我はその段階ですでに潜在的に働いているという意味では自我の存在そのものが否定されているわけではないと考えられる。また、働いているさ中にある自我をフッサールは「原自我Ur-Ich」として主題化した。作動する自我についての問いは西田の問いでもある。その問いについては次に西田哲学とともに論じてみたい。
②西田哲学における「作用」とその把握
西田哲学にあっても主客の関係が取り上げられるに至って「作用」が欠かせない働きをするものとして考察される。『自覚に於ける直観と反省』では、「自覚に於いては、自己が自己の作用を対象として、之を反省すると共に、かく反省するといふことが直に自己発展の作用である」(西、2,13)と現象学と同様に作用の把握を反省に求めている。しかし、その性格づけは『働くものから見るものへ』に至って変化が生じる。「作用そのものを直に見るということはできぬ」(西、3,459)という思惟は変わらないが、新たに「色が色自身を、音が音自身を見る」(同書、384)という視座が開かれる。作用の側に立って見るということは、「自我」の存在を否定し、無化するということによって可能になる[17]。それは、具体的には、作用が自我の内なる意識ではなく「場所」において生起するということを意味する。作用は、ここでは自我と対象の関係においてあるのではなく、「映された対象と映す場所との間に於て現れ来る関係」(同書,419)であり、場所にあって現われるのは述語であり、何某かの主体ではない。それゆえ、場所においては自我と対象といった対立は消え失せ、物がありのままに映されるという(同書,425参照)。場所にあって、自我なるものはない。フッサールが決して対象化できない、作用する主体として定立した原自我は、つまるところ自我ではあるのでその視点のある以上は主客分離の枠組みは払いえない[18]。
「知るものが知られるものであり、働くものが働かれるものであるといふ時、主客合一の純なる作用が成立する」(同書、373)と述べられる事態は、フッサール現象学で反省される自我と反省する自我の同一化のために新たな反省が必要になるという事態とは異なった視点に立っているように思われる。西田は、現象学的立場では対立的な物の見方を脱しえず、作用を対象的にしか見ていないと批判して(同書、451参照)、自我ではなく作用が作用自身を見るという立場に、すなわち作用の側に立って作用を見るという立場に進み行かねばならぬと言う。
時間について言えば、現在という時の連続における極限点の認識は「作用が作用自身を知るという超越的立場に立つことによってことによって可能となる(同書、314参照)と西田は言う。さらには、対象面と内面的時との接続点が現在となる(同書、276)と言う。この理論によって時間と作用についての問題は解決が図られると考えてよいだろうか。作用の作用によって知るものと知られるものが一つになり[19]、完全な知が成立するとき、対立が止むとともに作用も消えうせ、ただ「純粋性質」(同書、444)だけが映されるというが、しかし、もし「映す」ということのみがあるとされる表現の世界に至ったとき、新しい経験と知識はいったいどのように生起するのだろうか。
もともと現在という時点は時間と空間、主観と客観といった性質の異なるものが拠り合う点であった。相対立するものの動的な関係の下でのみ新しい経験は生じるはずであり、そうした意味では一つとなった知るものと知られるものは再び分離されなければならないはずである。場所の思想では述語が主体とされたが、それで時間への問いは完結しないことは西田自身によって意識されていたようで後の『論理と生命』では、「矛盾の統一といふことは、主語的に統一を考へることではない。それは不可能である。然らばと云って、述語的に統一を考へることでもない。それも不可能である」(西、8,76)と述べられている。個物は一般でもあるので、主語が述語であるということは否定できない。主語と述語は相反するものでありながら、しかし互いに無縁のままであるわけではない。そもそも我々自体が矛盾的存在であり[20]、そうした矛盾は行為によって、すなわち働くことが見ることであるということによって弁証法的に統一されるという。西田は直証というのは、「唯、対象と作用とが一である」(同書、73)ということではなくて、自己矛盾的に見ることであると述べる。西田哲学においては、場所に作用を映すという静的な事態に至ることで一旦は解決したかに思えた時間の問題はこうして再び動的な渦のなかへと導かれていく。
§5、結語
フッサール現象学は、エポケーという方法によって一旦は時間を止めることを試みたものの、後に時間、とくに「生きた現在」へと考察の対象が広がるに至って動的な事態へと移らざるをえなかった経緯は、西田哲学で現在という時点で場所が作用を映すという事態が「矛盾」が考慮されることによって動的になった事態と似通ってはいないだろうか。あまつさえ、フッサールは『第一哲学』(H.Ⅷ)では、『イデーンⅠ』で定立したエポケーの性格づけに変化を与え、「我々はその実施とともに判断基盤としてもっている普遍的な世界経験を捨象する」(H.Ⅷ.459)とのべ、「イデーンⅠ」において暗々裏ながらも前提されていた世界存在についての経験すら一旦は捨象することを宣言した。このことは西田が場所の思想を打ち出すとともに一旦は主体としての主語を無化したことと類似していると考えられる。フッサール、西田とともに「現在」を同時に静的、かつ動的な場所としては捉えあぐねているように思われる。つまるところ、では、両者における決定的な相違はどこにあるのだろうか。フッサールは『第一哲学』で、世界についての知覚が非調和になるとき、経験確信も崩れ、世界も無に帰するのかと世界の非存在の可能性について問い、非調和で仮定的な経験定立といえども「可能的に、ポジティヴな調和の可能性と相関性」(H.Ⅷ,392)を持つとして矛盾を退ける。非調和は未来に向けて調和する可能性があるというのである。それに対して、西田は現在を「矛盾の場所」(西、8,377)と肯定し、一と多、主体と環境と相反するものが同じ時点にあるものとして肯定し、何処かで相触れているとしている。矛盾を積極的に肯定する思想には宗教の影響が見受けられるが、二人の哲学者の思想上の相違はつまるところ現在の、そこを占有するものとの関係における性格づけであるように思われる。世界が周囲世界と意識という二項から成立しているとするなら、それぞれに異なった性格の「現在」という時があり、それぞれが相容れない関係にあるということは否定できない。もし意識が周囲世界をリアルに体験できるとすれば、それは「たち止まり」と「時間的流れ」が両立するときであり、それが可能になるとき意識は初めてその島から抜け出して、現実世界を現実のものとして体験できるものと思われる。
註
[1] 現在を性格づける直観とはcontuitusで、直接に、目前のものを、目の当たりに見つめることである。アウグスティヌス『告白』山田晶訳、中央公論社、東京、1968、第11巻第20章421頁参照、
[2] 同書、第10巻第8章参照
[3] Edmund Huserl Gesammelte Werke(Husserliana),Bd.Ⅹ,Zur Phänomenologie des inneren Zeitbewusstseins, 『内的時間時間意識の現象学』、Husserlianaからの引用はH.と略し、巻数、引用ページ数とともに表記する。また、同書については『時間講義』と表記する。
[4] その差異を同一化し、対象を「現在」という相の下に置くために「現象学的還元」は考案された。
[5]西田幾多郎全集2002年~2009年、第五巻『無の自覚的限定』、岩波書店、東京、2002年、なお、本論での同全集からの引用は、西と略し、巻数、引用ページ数とともに表記する。
[6] あるいは、西田は「感覚は斯くして成立する物体界との接触点である」(西、2,,311)と述べている。
[7] 「瞬間的今の先端に於てのみ真実在に接触する」(西、5,111)。その先端とは西田にとっては主客未分の時であり、意識、物、あるいは事が現実的に共在している時であると考えられる。
[8]流れる時を止めるためにフッサールが考案した方法が「現象学的エポケー」である。エポケーによって超越的客観的な時間的流れはいったん停止され、知覚されたものは、言わば、括弧に入れられた様態で保留される。そのことによって現世の今とは異なった性格の今が定立される。フッサールは「意識の今は対象の今点に対置される」(H.Ⅹ,321)と述べ、「今のその意識がそれ自体今である」(ibd.)と続ける。そして、意識において今点は「注視する今」であり、同時に「注視される今」(Vgl.ibd.)でもあるということになる。
[9] F草稿には、「すべての我々のヒュレー的所与はすでに展開したものである」(Ms.FⅠ14,NAM-IN LEE,Edmund Husserls Phänomenologie der Instinkte,Kluwer,Netherlands,1993,S.155からの再引用)とある。ヒュレーとはフッサールにとって「純粋な感覚与件」(H..Ⅸ,163)である。それは「純粋に主観的領域から取り出された感覚素材の概念」(ibd.,167)であり、「統一的把握Auffassungによって主観的機能を与えたものであり、同時に客観的なものの現出であるという性格を備えたものである(Vgl.ibd,163)。その意味でヒュレーははじめから「主観的存在」(ibd.)である。ヒュレーは現実的なものとかかわりをもたず「身体器官、心的物理的なものなしに考えられ」(Vgl.ibd.,167)、また、それゆえに、「感覚というぼやけた多義語とともにわき出てくる混同をスッキリさせる」(ibd.)ことができるものとされる。『イデーンⅠ』(H.Ⅲ,1)では、「現象学的還元を加えて出てきたその残り、すなわちその現象学的残余」(S.193)が感性であるとされているが、おそらくはヒュレーとして掬い上げられないものこそが物理的で現実的な感覚素材である。
[10] 「感覚と識別とは離すことのできない概念である」(西、2,301)。感覚は単独では存立しえず、識別されることによって初めてそれとして知られる。
[11] vgl.Klaus Held,Lebendige Gegenwart,Martinus Nijhoff,Den Haag,1966,S.28
[12]西田にとって意識は統一されたものとしてあるが、個別的なものが知られたり、判断されたりするようになるにはそれが分割されなければならない。ところで、西田哲学での「反省」は、直観されたものの後からの確認という意味合いの他に、本論でも後述するが、「発展の原理」としての意味合いをも含んでいることに特徴がある(西、2,52以降)。西田は、「真の自己同一は静的同一ではなく、動的発展である」(西、2,14)。
[13] フッサールにとって知覚作用は、今、あり(vgl.,H.,Ⅹ,339))、かつ、「知覚は現在を構成する」(H.Ⅹ,182)ものである。
[14]「ノエシスは、具体的で完全な志向的体験といったような志向性の機能を担い、意味付与を経験し、具体的なノエマ的意味を構成するのを扶助する限り、ノエシスにはヒュレー的契機が属する」(Hua.Bd.Ⅲ,2,S.606)
[15] Husserliana Materialien Bd.Ⅷ,Späte Texte über Zeitkonstitution(1929-1934),Die C-Manuskripte,Springer,Netherlands,2006、以下、同書からの引用はMs.C、ページ数で表記する。
[16] Hua.,ⅩⅤはZur Phänomenologie der Intersubjektivität、Hua.ⅩⅩⅩⅢはDie Bernauer Manuskripte über das Zeitbewusstsein
[17] 『無の自覚的限定』で西田は「自己が自己自身を失ったと考へられる時、・・・所謂対象界といふものが見られる」(西、5,111)と述べている。また、ノエシス的限定にあって「我々が我々の自己を対象的に見ることのできるのは・・・無にして見る立場に立つが故である」(西、5,26)と、自己の内に自己を見るにあたっては、無が必要であると説いている。対象を把握するということは、対象を把握している自我を把握することでもあるが、そうした事態はフッサール現象学でも見受けられる。ヘルトは、自我は時間的流れのうちでは「確認するgewahrenden自我」と「確認されるgewahrten自我」に分けられ、前者が後者を主題化するためには後者を現在化しなければならず、そのためには「反省の反省」が必要であるとした。(vgl.Lebendige Gegenwart,S.79ff.)。しかし、確認できるのは時間的に「後から」のことであるにしても、二つの自我の同一化は先反省的に行われているとヘルトは語る。そうした思惟は、西田が無にして始めて自己自身を見ることができると考えたのと同様であり、自己自身を見ることを西田は『無の自覚的限定』では自覚と呼んだ(西、5,80参照)。
[18] 西田は作用そのものが本体になるとき「物は性質的一般者の統一」(西、3,347)になると述べている。その思想はフッサールが『物と空間』(H.ⅩⅥ)で、たとえば、「客体とは性質的にあれこれ特徴づけられた形状の統一」(S.243)と述べたのと同様ではないだろうか。現象学はそもそも事象に即してその把握を試みる学であり、物自体といったようなものを想定していない。また、フッサールが原自我より遡った自我として定立しているのは自我極Ichpol(Z.B.,Ms.C,S.364)であり、そこを基底として自我がさまざまに変化して性格づけられていることを鑑みるなら、自我極を西田における場所として見なすこともできるのではないか。『物と空間』で感覚素材となる現出は身体的移動で得られるキネステーゼ的感覚によるものである。西田は「身体のある所そこが現在である」(西、5,154)と述べているが、現在にまつわる問題はつまるところ心身二元論の問題でもある。
[19]知る我と知られる我、我が我を知る場所が一つであることが自覚である(西、3,350参照)
[20] 西田が挙げた例示に従えば、たとえば、身体的に見られるものたると共に見るものであるという意味において(西、8,73参照) 。また、たとえば我々は視覚において物を見るが、物は視覚の所作ではなく、その点で物は我々を否定する。しかし、我々は物を否定できない(同書、75)等等の意味において我々は自己矛盾的にある。
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