北海道秘湯巡り(2)
昨年、カムイワッカ温泉で川の中の小さなお湯溜まりに浸かった。人目はあったが、若い頃よりの念願だったこともあり気にする余地はなかった。満足して、札幌で民泊していたとき、宿主の口から、「熊の湯」と言葉がポロリと落ちた。そう言えば、他にも、、、
2025年9月3日新潟発フェリーに乗船、翌朝4:30 小樽で下船し、まだ暗いうちから然別峡へと向かう。まだ車の数は少ないが、それだけに都市周辺はどことなく殺風景で、早く抜け出したいとスピードを上げた。
昨年、紅葉を愛でた然別湖へと至る道を右目に見送りながら、鬱蒼とした森のなかの細い一本道を然別峡へと急ぐ。
かんの温泉では、三頭の鹿が出迎えてくれた。宿主が登別温泉と肩を並べると推挙する温泉。泉質の異なる湯が野天風に趣向をこらしたあちこちの湯舟に湧いていて、楽しい。
然別峡での本来の目的は鹿の湯。
国設然別峡というキャンプ場の奥にあり、どこにテントを張ろうかと迷っていると一組の夫婦に出会う。キャンプ利用者と勘違いし、
「水場が無いようですよ」と声を掛けると、
「どうだったかなぁ、久しぶりに来たから覚えてないなぁ」とそっけない返事。
タオルだけをもって歩き始めたことから、目的は鹿の湯のみであることが知れた。
キャンプ地から少し外れた川べりではしゃいでいるグループはあったが、
たびたび熊の出没が報じられるなか、とても単独ではテントを張る気になれない。
車中泊と決めて、鹿の湯へと。
遠目から夫人が裸でいるのに気づき、しばし待機していると、湯あみを着込んで手招きしてくれた。
前日に雨が降ったためか、湯のなかからは川は胸元にまで迫りくるようだった。白濁の湯は適温で、夕暮れ時には熊鈴とスプレー持参で、また、朝湯と、3回ほど浸かった。



9月5日(金),釧路湿原を細岡展望台、サルルン展望台、コッタロ湿原展望台より眺望。
細岡展望台からの雄大な眺め、原生林の中で息を潜めたかのような釧路湿原駅に魅了される。この日に予定していたシラルトロコキャンプ場は営業している様子もなく、また食材を販売しているような店も見当たらないので仕方なく、摩周温泉(道の駅)で車中泊。



9月6日(土),納沙布岬、霧多布岬、霧多布では霧がたっぷり。海には野生のラッコが。



9月7日(日),開陽台に立ち寄り、川北温泉をめざす。
国道からの入口に閉鎖中とあったので逡巡していると、後続車が2台。車に戻って道を開けると、ためらうことなく進行。地元の人であることに心強くなり、後に続く。1台は釣りが目的で、まもなく川沿いに停車。訊けば、
「悪路だけど、一台は行ったから」と促される。
言葉通り、そこから5km、とにかく車両一台分の悪路。さらに、雨後の水たまりがひどい。しかし、温泉は山の中の野天で秘湯感満載。白濁度も高く最高に良かった。茨城からの先客と計3人で話も弾んだ。帰路はふたたび地元車のお世話に。対向車に出会い、1kmほど?後退してくれた。申し訳ないとは思ったが、有難かった。



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夕方前に羅臼温泉野営場でテントを設営。道をはさんで反対側に位置する熊の湯に。服を脱いで湯舟に立つと、
「そこに桶があるから」と、地元の人に声を掛けられる。入湯前に入念に身体を清める。それは予備知識となっていたが、
「きちんとやってくれれば文句は言わないから」と、口先ひとつ緩めない険しい表情で付け加えられた。
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キャンプ場では隣に群馬からの来客が。毎年のようにこのキャンプ場を利用して3泊していると言う。どこに行っても中国人だらけと話を始め、いつの間にか話題は歴史認識に。教育界での自虐的歴史観が批判され、息がつまった。私はかつて社会科教師であり、歴史的事実を語ってはいたが、それが悪いことだとは思わなかったし、今も思わない。かの大統領が語ったように「過去に目を閉ざす者は、・・・」には、誰も否定できようはずもない。あとから「歴史的事実を語ることは重要だと思います」とでも言えたのにと思ったが、そのときは何も言えなかった。
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二泊目にテントを移設しようと思い、タープのペグを移し替えているとき、1本をそのままにしておいたら、時を経て、場所を見失ってしまった。決して高価なものではないが、8本揃いのペグではあり気分が悪い。4時間ぐらい探して、結局見つからなかった。
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朝方、駐車場にいたキャンプ場で話しかけた外国人にはイスラエル人と応えられ、 一瞬、たじろぎ、笑顔を作るのに苦慮した。しかも、そのあと、イスラエル人にもしかしたら聞こえているかもしれない場所で、群馬からの客とプーチン、習、金、エタニアフが死んでくれれば世界が平和になると語っていた。気づいて、💦ったが、聞かれていてもかまわないと思いなおした。



予定していた日程を早く消化してしまい、羅臼では2泊泊まることにした。中日はセセキ(瀬石)温泉、相泊温泉へ、と。
川北温泉では、両温泉ともすでに閉じていると聞いていたが、瀬石ではかろうじて温かい湯が沸いていた。「持ち主に一言断ってから」とあったので暫く待機したが、どうやら不在のようで。頭に手ぬぐいを巻いて長いこと階段で座っていたら、母娘の親子連れが後方で立ち尽くしているので、
「こちらに来ても大丈夫ですよ」と、声を掛ける。
びくびくしている様子で浜辺へと階段をおりてくるので、ずいぶん謙虚な人だなぁと思っていると、
「漁師さんですか?」と尋ねられた。
驚いて、
「いえ、違いますよ。観光客ですよ」と返事すると、
「とてもそれらしい」と、少し表情を崩して、ダメ押しされた。
褒めたつもりなのだろうか、今まで、たとえば、小説家ですね?とか唐突に問われたことはあったけど、風貌が変わったのか、心中複雑になった。彼女たちが写真を撮り、立ち去った後で、
ごめんなさいと呟きながら30秒ほど浸からせてもらった。潮味で、ぬるぬる。どうやら、掃除もされていない風で、実際、来客は想定されていないのだと推察した。
さらに1.8km先の相泊温泉へ。
こちらは完全に終了している様子で、温泉らしき形状はどこにも見当たらなかった。道路の手すり際で若い外国人女性がカメラを覗いていた。
Where are you from?
New jealand.
Good country!
Thank you.外人
No 外人、(but)外国人
外国人
Attraktivな女性だった。
そのあと、ヒグマを叱る男でテレビ放映された最果ての漁師集落を瞥見してキャンプに戻る。



9月9日(火)昨年も利用した国設知床キャンプ場へ。
到着したとたん、金髪の女性がなにやらフード保管庫をこじ開けようとしていた。男性が一人近づいてゆくのを見て追随、男性は手伝うが、開かない。英語は話せないと言うので、代わって、管理室に照会し、現在は使用されていない旨を伝える。女性はイギリス人ということだったが、途中、ドイツ語で話してみると会話が成立。高度な学習経験者であることが推察された。キャンプ場を眺めてみればテントが二つ。訊けば、本国から自転車持ち込みで北海道を旅行中、その後はニュージーランドに行く予定という。
30代、ドイツをバックパックしたことを懐かしく思い出す。
男性は成田から来ているということで、その隣に坐を構え、旅のテーマ、家族のこと、政治のことなど、話題の尽きることなく語り合った。ライン交換し、それ以後のことについても軽い約束をした。
夕陽が沈みゆく前で、イギリス人に、
Zwei,photographierenと言って、写真を撮ってあげると、もう一人が私のドイツ語を褒めてくれた。二人はおそらく大学かどこかで知り合った友達なのだろうと想像した。お返しに、男二人づれの写真を撮っていただいた。
別れ際、菓子を一袋ずつ、進呈。どうもありがとうございます、と不器用な日本語で応じられ、同時にぎこちないお辞儀を受ける。日本の文化を予習してきたのだろう、思わずほころんでしまった。
9月10日(水)
キャンプオーナーから岩尾別温泉は休業と聞いていたが、その裏に位置している野天の三段湯にはまみえるだろうと、早朝から車を走らせる。道はきれいな舗装だが、人影はほとんどないなかで温泉宿はさながら廃業の様相。車外を歩くにも躊躇われるような雰囲気のなか、細い山道を見つけたものの、その入り口には「立入禁止」と。
しかし、ここまで来て諦めることもできず、鈴とスプレーを持って突破、敢行。幸いなことに温泉はそこからほどない所に位置していて、これならいける!と、車に戻ってタオルを手に、再び、・・・。熱い一段目、適温の二段目、ぬるめの三段目、あわせて30秒も入湯しただろうか。さいわい、熊の気配はなかった。とても満足した。
次のキャンプ予定地に向かう途中、網走に向けて坂道でペダルをこぐイギリス人を見かけた。
この日は、昨年に引き続き北見市のつつじ公園キャンプ場に宿泊。公園前の河川ではいまだに工事が行われていた。昨年と同様、国道まで戻って、コンビニでビールを買い、ここまでの無事を祝った。



9月11日(木)
予定をすべて終えてしまい、帰りのフェリー乗船まで一週間。それからの予定をどう組み立てるか。「ドライブ」(るるぶ)という雑誌が参考になった。ツーリングマップルを開いてみれば、昨年予定していた「黄金崎」キャンプ場に赤丸がついていたこともあり、、、。
北見から黄金崎までは結構な距離があった。キャンプ場と気づかず、一度は通り過ぎ、大回り。海岸沿いに道幅くらいの細長い敷地が割り当てられているのを発見。安堵して、やはり地図に紹介されて蛇の目寿司に。配膳までけっこう待たされたが、お詫びだと、あら汁をサービスされた。美味しかった。
黄金岬で、ふたたび美しい夕陽を眺める。知床とは反対側なのに、どうして両側で夕陽が拝めるのだろうと不思議に思いながら。。。
陽が沈み、暗闇となったころ、海に向かって津軽三味線を奏でる若者がいた。
様子を窺い、訊くと、カナダ人だと言う。留萌で、四年の時を過ごし、ここが一番美しいと言う。英語で語りつつ、英単語が思い浮かばずに、ドイツ語を交えて語ってみたら、
「突然、ドイツ語なのでびっくりしました」と返され、
「日本語でも大丈夫ですよ」と言われた
笑ってしまった。
一曲が奏で終わるまでを共にした。



※流星、銀河の滝は昨年も立ち寄ったが、展望台へは立ち入り禁止となっていて、揃いの姿は拝めなかった。
9月12日(金)
稚内に向かう。道の駅/はぼろで久々の入浴。続いて小さな民家でかつ丼を食す。
「ここに住んでいていいことって、何ですか?」と尋ねてみれば、
「静かなところですね」と返事が。
右手に利尻島、礼文島を眺めながら、サロベツ湿原センターに立ち寄り、木道をしばし散策。
およそ60km/hでゆっくり走っていたが、もうノシャップ岬まで程ないという所まで至ったとき少しスピードを上げた。そんなとき、突然、眼前に鹿の姿が。スピードを上げてやり過ごそうとしたが、車右側面で衝突してしまった。冷や汗をかきながら、車を止めて、引き返し、死骸がないことを確認。草むらを眺め見れば、3頭がこちらの様子を窺っている。車にも傷がないことにホッとして先に進む。幸い、した。
以前、最北の岬にたどり着いたのは、たしか24歳の時。そのときも訪れたのか、ノシャップ岬のモニュメントを見ても記憶は蘇らなかった。
この日の宿泊は稚内森林公園。国道からの上り坂は車でも少々きつかったが、芝生が気持ちよく、夜は港の夜景が美しく、またゴミ箱も設置されている。それで無料なのだから稚内市の懐の広さを感じた。



9月13日(土)
最北の宗谷岬で記憶にあったモニュメントを懐かしみ、南下を始める。道の駅、クッチャロ湖、ビッキー美術館と立ち寄り、旭川で、昨年と同様、神楽岡公園で車中泊。北海道で初めての雨の洗礼を受ける。
9月14日(日)
富良野でミーハー気分に。北西の丘展望公園、ケンとメリーの木、マイルドセブンの丘、美瑛放牧酪農場にそれぞれ立ち寄る(のみ)。また、大きく道をそれて、麓郷展望台へ。ところが、展望台らしきものは見当たらず、あるのはテレビドラマの舞台のみ。迷い込んだらしい外国人に、
「ここは日本で有名なテレビドラマの舞台だった」と教えてあげると、
合点した様子で、
thank you so muchと返され、すぐに退散していった。
私も「北の国から」は一度も見たことが無いので入場せず、また、展望台らしきものも見当たらないのですぐに引き返した。紛らわしい案内は止めて欲しいものだ。
その日は、道の駅とうべつで車中泊。夕食は8km先の吉野家に。給仕のお姉さんに、
「また、どうぞ」と言われたので、
「地元の人でないから、ムリかなぁ」と反応してしまった。
「えっ、どこですか?」
「東京モン
「東京ですかぁ」
憧れられてるのかなぁ。店の周りは大きな通りになってはいるものの、他に店が見当たるでもなく華やかさは微塵もなかった。
深夜になって、駐車場が過密状態になっているのに驚く。
9月15日(月)
あさ一番、スーパー銭湯のていね温泉に。
抽選があり、
「ハワイ旅行が当たるの?」とふざけたら、
「ハワイ旅行は当たりません」とマジメに答えられる。
結果、「おめでとうございます」と言われ、
入浴券が当たった。
再来はあり得ないし、
タオルの方がよかった。
宿泊は、札幌国際ユースホステル
9月16日(日)
歩いて、札幌散歩。時計台を一瞥し、旧庁舎は時間をかけて。
雑誌で紹介されていたラーメン屋は休業日で、ラーメン横丁で良さそうな店を探していると、一人、ずうっと待機している店があった。こだわりの店なのだろうと、続けて入店。チケット自販機の前では外国人二人が時間をかけて選んでいたので、後ろで、
「You enjoy Japan」
と声をかける。
つづけて、隣に坐って彼らの様子をそれとなく窺うと、ラーメンを音もなく食べているので、
We eat ラーメンwith ton,this is Japanese styleと言ってあげると、(tonはドイツ語💦)
I knowと答えつつ、なお無音で食していた。
昔、フライブルクで仏女性とパスタを食べていたとき、
音をほんのわずかに立ててしまったら、注意されたことがあった。
習慣は身に染み、そして慣習となるのだと思った。
やがて、彼らの間でドイツ語が話されているのを知り、
Sie sprechen Deutsch?と語りかける。
意気投合し、
Es gibt Ähnlichkeit zwischen Deutschland und Japan,
同意されて、なにやら返事を返され、
Bitte?と頼むが、それでも聞こえず、
一人はフランクフルト、一人はシュトットガルトからと言うので、
シュトットガルトには日本人がたくさんいる、と言うと、
それはドュッセルドルフだと返される。
Entschuldigung、言ってしまった。
Sie haben Recht.と言うべきだった。
食べ終えてしまったので、
Viel Spass!と言って、店を出た。
そう言えば、と。シュトットガルトは行ったばかりだったので、話題にすればよかったと後になって少しばかり後悔した。



9月17日(水)
地球岬、貝塚公園見学。ダンぱら公園でキャンプしようと思い、けっこうな時間を待機したが、さびれた施設で、他に客が来そうもない。そのうえ、食材入手もできそうにない。諦め、車中泊と決め、みたら室蘭(道の駅)に向かう。それが正解で、海辺の風が心地よく、眼前の白鳥大橋はライトアップされて見ごたえがあった。
9月18日(木) 登別温泉。名湯と言われる理由に心から納得!
夜、苫小牧からのフェリーに乗船して帰途に就いた。



ほぼ3週間にわたる北海道旅。後半は予定もくまないままの出発となったが、結果、満喫し、思い出となる旅となった。
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