否定と肯定/戦争と平和について考える


否定と肯定/戦争と平和について考える

「否定と肯定」という映画を観た。

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あらかじめお断りしておきたいのは、私は現憲法を尊重する者であり、歴史については偏りのない視点で理解したいと願っている者である。

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大学を卒業して10年も過ぎたころ、自ら幹事となって京都で同窓会を開いた。

出席者のなかに、当時、恋愛について熱心に語りあった友人がいた。

その彼が、だいぶ酔いが回っている私に、ぽつっと言葉を投げかける。

「南京事件など、無かったのだ」、と。

戦争が話題になっていたのだろうか、

言葉は私のなかで鳴り響き、身体を満たしているアルコールに点火した。

彼は、続けた。

「あったというなら証明してみろ」、と。

私のなかで怒りは火だるまとなり、言葉を失い、「理性」からリングアウトする。

口元からは言葉ともならないいくつかの単語が飛び出していた。

言葉とは理性の所有物、言わば、人格の表現。

酔いが回ってはいたが、自らを喪失してしまったことは恥ずかしい。

しかし、そもそも史実が記憶となったとき、それを事実、あるいは虚構とするのはいかなる根拠に基づくのか。

証明する義務はどちらの立場にあるのか。

 ニーチェは言った。事実はなく、解釈だけがあるのだ、と。

この事件については、日本テレビが、近年、現地調査を行い、勇気あるドキュメント報道を行っている。

複数の映像、史料が残るなかで史実否定を試みるなら、

その立証責任は否定する側にあるのではないか。

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映画での俳優の演技は自然なもので、

そのことにも依るのかもしれないが、

私には、それが映画という次元を超えて、

事実を再現したものに観えた。

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かつて、或るサークルの酒席で数々の有事法制を成立させた為政者を、

中道と、幾度となく叫び、褒めたたえた会員がいた。

かの為政者は法制局さえ違憲とする集団的自衛権を成立せしめたという点では、

明らかに、憲法に土足で踏み込んでいる。

右は右を視点とすれば中道である。

中立、中性とは、何を根拠にして語るのだろう。

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「否定と肯定」のなかで、裁判官は、

「こう考えられるのでは?・・・反ユダヤ主義は彼の信条ではなく、史料改ざんの行為と関係ないのでは、と、・・・彼は信じ込んでいるだけかも。そこがとても重要な点です」と、疑問を呈する。

人は、だいたいにおいて、自己吟味、(カント的意味での)理性批判を徹底することなく自らの視点に立って真偽、是非を判断する。見解の多くは、趣向に沿った初めからの結論と、ときには牽強付会に過ぎない理由づけに基づいて個人的意見が正論として表明される。

 裁判官は、改ざんが意図的なものであったのか、信念に基づく結果としての歪曲であったのか疑問を呈しつつ、原告の著作が史実の意図的な偽造、歪曲であり、改ざんの上で事実としたと述べ、断罪した。

すなわち、解釈を事実より重んじる人間の本性にまで言及しつつ、徹頭徹尾中立中正を示したことに司法機関としての良識と権威を示し、またそのことによって人間の戦争に対するあるべき姿勢を再認識せしめたと言える。

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この夏、娘とともに鹿児島県知覧の特攻平和会館を訪れた。

国のためにと、自らを鼓舞する遺書が大半を占めるなかで、

「最後に大声で言わせていただきます。お母さん、お母さん、お母さん、と」

心を打たれた。

中国ウィルスが猛威をふるうなかで、こういう場所に赴くのは我々ばかりかと思っていたが、 館内はすこぶる盛況で、子どもから成人まで人、人、また人であった。

戦争は決して過去のものとはなっていない。日本人には、少なくとも庶民のなかには健全が宿っている。

率直に、そんな感想を抱いた。

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過去の戦争は決して過去のものではない、と思う。

若い、未来のある人間を強制的に死に至らしめた史実を、

日本人は今後も背負っていかなければならない、と、

強く思う。

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「特攻 知られざる真実 誠隊 最後の1カ月」(BS放送)のなかで、

特攻を命じられた若者が最後の休暇を許された郷家で布団をかぶって泣きじゃくったという事例が紹介されていた。

決して拒絶できない状況が創り上げられたなかで、

自主志願によるものというでっち上げとともに死を強制された彼らは、みな普通の青少年であった。

3000という意味のない犠牲を出したにもかかわらず、

参謀本部で作戦を立案したT中佐は「大きな戦果をあげた」と張りのある声をあげていた。

戦争を指導し、生き延びた人は、いかなる心境で戦後を迎えたのだろう。

無謀なインパール作戦を提案したM中将は、戦後、自らの正当化のみに腐心したという。

戦死者への想いが、

針の先ほどでもあったのだろうか。

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事実を事実として受け止めるには勇気を要する。

しかし、日本を舵取りしてきた権力者たちのなかで史実を真摯に受け止めた者がどれほどいたのだろうか。

かつて、私が起こしたわけでもないと、語った大臣がいた。

その顔に「人間」が刻まれているようにはどうしても見えなかった。

人の痛み、死に想いを至らせることのないヤカラが為政者になるとき、世界はどのような方向に向かうのだろうか

                            2021,08,19


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